石川直樹が語るブルース・チャトウィン

青山ブックセンター六本木店で石川直樹氏のトークを聴いてきた。簡潔で要領を得たブルース・チャトウィンの紹介だった。時間が短くてもの足りないと思う人もいたかもしれないけど、新訳『ソングライン』をこれから読む読者に過剰な解説はかえってよくないという石川さんの判断があったのだろう。石川さんがチャトウィンの本を好きだということが短い時間でよく伝わったし、それだけで十分。
それにしてもチャトウィンは不思議な作家。文句なしにすばらしいけど、その魅力が何なのかを説明するのは難しい。石川直樹氏にとって、(彼自身はその呼称は否定するけれど)冒険家としての先行する人物として、植村直己がいて神田道夫がいた。その一方で世界記述者として圧倒的な仕事をした、石川さんに先行する人間としてチャトウィンがいた、と思う。チャトウィンの文章はよくある紀行文のように抒情に溺れない。旅先で見聞きしたおもしろいできごとをおおげさにふくらまして、よりおもしろくするような紀行エッセイからは遠く隔たっている(チャトウィン自身は、そのような類型的紀行エッセイの原初の形である旅人のホラ話が好きだったと思う。なんとなくだけど)。そして石川氏が言っていたように、いわゆる冒険家の記録としての冒険紀行とも違う。明快なテキストの連なりを追いかけているうちに、世界が鮮やかにたちあがってくる。
僕も今ここで、これ以上に長々とチャトウィンのことを書くのは控えたい。新訳『ソングライン』を読める幸せな時間にどっぷりと身を浸すしかない。